●城之崎にて(by はやし浩司)地元のバス会社、EバスのBツアー旅行記

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明日は、城之崎に向かう。
「城崎」とも書く。
「城の崎」とも書く。
長いバス旅行。
東名から名神を通り、中国(播但道)を経て、
生野、竹田城へ。
明日の夜は、丸山川温泉に一泊。
城之崎へは、明後日、到着。
楽しみ。+ワクワク。
志賀直哉の「城之崎にて」の城之崎。
高校2年生のころ、私は志賀直哉に夢中になった。
志賀直哉の本を、片っ端から、読んだ。
その城之崎。
何しろ半世紀近くも前のことで、内容は
よく覚えていない。
志賀直哉がどこかの旅館の一室で書いた
エッセーだった。
「……が静寂だった」「……が静寂だった」という、
表現が印象に残っている。
一度は、訪れてみたかった場所。
春に、そこへ行ったオーストラリアの友人がいた。
その友人も、こう言っていた。
「よかった」と。
明後日、その夢がかなう。
「お前は志賀直哉の本を読んだことがあるか」と
聞くと、「ウ〜ン、読んだことがある……」と、
どこか、いいかげんな返事。
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●城之崎(『城の崎にて』志賀直哉
ウィキペディア百科事典には、「城の崎にて」のあらすじが載っていた。
それをそのまま紹介させてもらう。
『東京山手線の電車にはねられ怪我をした「自分」は、後養生に城崎温泉を訪れる。「自分」は一匹の蜂の死骸に、寂しいが静かな死への親しみを感じ、首に串が刺さった鼠が石を投げられ、必死に逃げ惑っている姿を見て死の直前の動騒が恐ろしくなる。そんなある日、何気なく見た小川の石の上にイモリがいた。
驚かそうと投げた石がそのいもりに当って死んでしまう。哀れみを感じると同時に生き物の淋しさを感じている「自分」。これらの動物達の死と生きている自分について考え、生きていることと死んでしまっていること、それは両極ではなかったという感慨を持つ。そして命拾いした「自分」を省みる』(ウィキペディア百科事典より)と。
●志賀直哉
ついでに、志賀直哉について、ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある
『「城の崎にて」(きのさきにて)は、志賀直哉の短編小説。1917年(大正6年)5月に白樺派の同人誌『白樺』に発表。
心境小説の代表的な作品とされる。志賀直哉は1910年(明治43年)に『白樺』を創刊し作品を発表しており、実父との対立から広島県尾道に住み、夏目漱石の奨めにより後に『暗夜行路』の原型となる「時任謙作」を執筆していた。
1913年(大正2年)4月には上京していたが、同年8月に里見クと芝浦へ涼みに行き、素人相撲を見て帰る途中、線路の側を歩いていて山手線の電車に後からはね飛ばされ重傷を負う。
東京病院に暫く入院して助かったが、療養のため城崎温泉(「三木屋」という旅館(現存)に宿泊)を訪れる。その後は松江や京都など各地を点々とし、1914年(大正3年)には結婚する。1917年(大正6年)には「佐々木の場合」「好人物の夫婦」「赤西蠣太の恋」などの作品を発表し、同年10月には実父との和解が成立している。
事故に際した自らの体験から徹底した観察力で生と死の意味を考え執筆され。簡素で無駄のない文体と適切な描写で無類の名文とされている』(ウィキペディア百科事典より)と。
こうした予備知識をもって旅に出るのは、楽しい。
旅の奥行きが、倍加する。
●8月18日
志賀直哉と言えば、『暗夜行路』。
読んだはずだが、内容が思い出せない。
もう一度、ウィキペディア百科事典の助けを借りる。
こうある。
『主人公時任謙作(ときとうけんさく)は、放蕩の毎日を送る小説家。あるとき尾道に旅に出た彼は、祖父の妾お栄と結婚したいと望むようになる。そんな折、実は謙作が祖父と母の不義の子であったことを知り苦しむ。ようやく回復し直子という女性と結婚するが直子が従兄と過ちを犯したことで再び苦悩を背負い、鳥取の大山に一人こもる。大自然の中で精神が清められてすべてを許す心境に達し、「暗夜行路」に終止符を打つ』と。
ナルホド!
思い出した!
そういう話だった。
●8月19日
今回は、ワイフと2人の2人旅。
地元のバス会社が運営する、Bツアーを利用することにした。
ワンランク上の「ゆとりの〜〜」とかいう、コース。
もちろん料金も約2倍の、上級のコース。
座席数が、20%ほど、少ない。
天気は曇り。
浜名湖を渡るとき、鉛色の低い雲が、重苦しそうに空を覆っていた。
空に広がった雨雲。
新聞の天気予報によれば、関西方面は、雨。
よかった!
このところの猛暑。
猛暑はこりごり。
●520ドル安
昨日(8月19日)、ニューヨークの株式市場が、520ドルも暴落した。
製造業の指標が悪かったこと。
失業保険の申請件数がふえたこと。
こういうときは、「株」に手を出してはいけない。
プロというより、ロボットが、1000分の1単位で、コンピューター取り引きを繰り返す。
ロボット取り引きともいう。
素人の私たちが入り込むスキはない。
……というか、カモにされるのは、私たち。
統計的にも、95%の個人投資家は、損をすることがわかっている。
こういうふうに、乱高下するときは、さらに危険。
●Bツアーが変わった?
バスが走り出すと、ガイドがこう言った。
遠まわしな言い方だったが、「おしゃべりは静かに」と。
当然のことだが、Bツアーも進化した。
そういう印象をもった。
この40年間。
当初は、喫煙は自由。
カラオケは定番。
バスに乗ると、まず自己紹介。
それが徐々に少なくなって、つぎに始まったのが、ビデオ上映。
で、最後の残ったのが、「おしゃべり」。
ガッハハハ、ゲラゲラ、ギャーギャー。
そのおしゃべりに、注意が入るようになった。
しかし長い時間だった。
●夫婦喧嘩
豊橋を過ぎるころ、激しい雨が窓を叩き始めた。
数分間、窓の外が、真っ白になった。
雨を嫌う人も多いが、私は好き。
心が落ち着く。
脳みその働きも、よくなる。
……つい数日前、『福井県越前大野への旅』について書いた。
ワイフと喧嘩をし、家出をした。
家出をし、越前大野まで行ってきた。
が、今日は、ワイフといっしょ。
仲直りしたというわけではない。
平常に、戻った。
離婚話は、どこかへ吹き飛んでしまった。
私たち夫婦は、いつもこのパターンを繰り返している。
●サイクル
夫婦論というのがある。
はやし浩司流に解釈すると、こうなる。
(安定期)→(不安定期)→(緊張期)→(葛藤期=爆発期)→(冷却期)→(修復期)→(安定期)→……。
で、今は、冷却期から修復期。
嵐が去り、(少し大げさかな?)、今は、こうしていっしょに、城之崎に来ている。
毎度のことだから、だれも私たちの離婚話を本気にしない。
義兄ですら、「あらあら、ごくろうさま」などと言ったりする。
で、そういうとき、私は、こう訴える。
「今度は、本気です。あんなヤツとは、来週中に離婚します」と。
が、結果は、このザマ。
長くつづいて、2〜3日。
3日もすると、また元に戻る。
多少のタイムラグはあるが、まずワイフのほうが平常に戻り、つづいて私のほうが謝る。
それでおしまい。
(林夫婦は、どうなるんだろう?、と期待していた人をがっかりさせて、ごめん……。)
●城之崎
城之崎には、午後3時ごろ、着いた。
一見してわかる。
活気がある。
行きかう温泉客。
老若男女、さまざま。
客層が広い。
小さな店まで、本気!
その本気が、がんがんと伝わってくる。
で、私たちが泊まった旅館は、『銀花』。
郊外の海沿いにあるが、この城之崎でも、超一級旅館だそうだ。
各部屋の中に温泉がある。
室内のベランダも広い。
いろいろな旅館に泊まったが、ここも文句なしの5つ★の、★★★★★。
「上には上があるものだ」と、感嘆のため息。
●9時からは、花火大会
夜、9時から花火大会があるという。
ちょうど川向こうのホテルの横から打ち上げられるという。
今、その9時を待っているとき。
時刻は、8:57。
あと3分。
ビデオカメラは、スタンバイ。
●花火は終わった
私たちの泊まっている部屋は、101号室。
部屋の名前は、「直哉」。
志賀直哉の「直哉」。
ワイフは、それを見て、「あなたが特別に頼んだの?」と。
が、私は頼んでない。
偶然。
しかし、どういうわけか、うれしかった。
旅には、何かの目的があるとよい。
それについては、先に書いた。
が、これは生きる「目的」にも共通する。
たいしたものでなくてもよい。
些細なものでよい。
私たちは、それにしがみついて、生きる。
●事件
ところで今日、ここへ来る途中、バスの中でこんな事件があった。
私が叩くパソコンの音がうるさい、と。
ガイドさんのほうに、苦情が寄せられた。
が、こんな経験は、はじめて。
もってきたパソコンは、TOSHIBAのMX。
部屋の中で叩いていても、無音と言うわけではないが、静か。
ほとんど音はしない。
またそのときは、パソコンたちあげ、メールを読んでいただけ。
今どき、飛行機の中でも、電車の中でも、パソコンは必需品。
それが「うるさい!」と。
私はすなおに謝罪し、パソコンをカバンの中にしまった。
苦情を言った人は、70歳前後の老夫婦。
通路をはさんだ反対側の席の人たちだった。
多分、パソコンと携帯端末(携帯電話)の区別もつかない人たちではなかったか。
あるいはパソコンに対して、強度の嫌悪感をもっている(?)。
そういう人は多い。
自分が扱えないから、それを扱う人を、徹底的に毛嫌いする。
パソコンで仕事をしている人を、徹底的に軽蔑してみせる。
そういう人は、あなたの周りにも、1人や2人はいるはず。
60歳以上の人に多い。
「あんなもの使っている人間に、ロクなのはいない!」と。
簡単にそう決めつけてしまう。
今日バスの中で会った老夫婦も、そんな人たちだったかもしれない。
サービスエリアで買ってきた、「きんつば」を2個、分け与え、「すみませんでした」
と謝ると、一瞬戸惑ったが、つぎの瞬間には、やさしい笑顔を見せた。
●8月20日
平凡な朝。
静かな朝。
目覚ましは、朝、6時にセットした。
昨夜は10時ごろ床に入ったので、睡眠時間は8時間。
窓の外は、内浦湾になっていて、漁船が数隻、右から左へ通り過ぎていった。
「どちらが海なのだろう?」と。
城之崎が左方面にあるから、左方面が海?
よくわからないが、波は静か。
山の間を流れる雲も低く、厚い。
●Bツアー
Bツアーを利用するのは、1年半ぶり?
それまでは、毎月のように利用していた。
が、最後に、おしゃべりオバちゃんたちと口論をし、すっかり嫌気がさした。
で、今回も、こう思った。
便利で料金も安いが、やはり私たちには向かない、と。
ワイフがそう判断した。
バス会社のサービスはよい。
ガイドもよい。
コースも旅館も、よい。
しかし客層がよくない。
昨夜も、会席料理を食べながら、ガハハ・ゲラゲラと、傍若無人に騒いでいるオバちゃんたちがいた。
その声が、部屋の端から端まで聞こえてきた。
廊下を歩いているときも、同じ。
部屋の中まで、その大声が聞こえてきた。
残りの20数人は静かでも、こういうオバちゃんが2〜3人でもいると、旅行も台無し。
「もうやめようね」と私。
「そうね」とワイフ。
●城之崎にて
志賀直哉の『城の崎にて』。
はやし浩司の『城之崎にて』。
今はもう文人の時代ではない。
娯楽も多様化し、無数にある。
志賀直哉の昔には、すべての娯楽が文学に集中した。
文人にとっては、古き良き時代ということになる。
うらやましいとは思わない。
私が志賀直哉の時代に生きていたとしても、私はただのもの書き。
文に書いたところで、目に留めてくれる人もいなかったことだろう。
●帰宅
8月20日、午後8時すぎに、浜松へ戻ってきた。
今回も、運の悪いことに、(本当に運の悪いことに)、真うしろの席に、2組の夫婦。
女どうし、2人のおばちゃんたちが陣取った。
ともに70歳くらい。
私たち夫婦は、後ろから2列目の席。
2度、注意したが、帰ってきたのはイヤミ。
「ア〜ラ、うるさいって注意されたから、いちばんうしろの席にいきますよオ〜」と。
わざとみなに聞こえるような大声で、席を離れていった。
が、それで静かになったわけではない。
耳が不自由なのか、その中の1人が、一方的に大声でしゃべりまくる。
が、相手の声は聞こえないらしい。
相手が何かを言うたびに、「えっ、何?」を繰り返していた。
ほかのほとんどの客は静かだった。
みな、それぞれの旅を楽しんでいた。
が、今回も、運が悪かった。
Bツアーへ:
「ゆとりの〜〜」では、6人以上の団体客は申し込みを断っているとか。
たいへんすばらしいことだが、できれば、3人以上にしてはどうか?
そうすれば、ああいう客を排除することができる。
もっとも、ワイフの意見通り、Bツアーは、しばらくはコリゴリ。
そういう客がいても、ガイドは何も注意しない。
知らぬ顔。
最前列に座っているから、後部座席のことはわからない。
が、あえて言うなら、つぎの進化を期待して、私はこう要望する。
(1)ポイントガイド……必要なことだけをガイドするというのは、よかった
(2)BGM……うるさいビデオをなくなったのは、よかった
(3)団体客の制限……よかったが、おしゃべりが目的のおばちゃんには、きびしくしてほしい。
(4)時間の取り方……ゆったりとしていて、よかった。
●総括
学生時代からの念願がかなった。
志賀直哉ゆかりの「城の崎」を自分の目で見ることができた。
ワイフも満足そうだった。
あのオバちゃんたちが静かだったら、星は4つの、★★★★。
あのオバちゃんたちのおかげで、バスそのものが、拷問室に。
バスを降りたとき、ほっとしたのは、無事着いたからではない。
オバちゃんたちと別れることができたから。
(そうそう、オバちゃんたちのおしゃべりを不愉快に思っているのは、私たちだけではなかった。
一度、私が注意したとき、前の席の人が振り向いて、こう言った。
「ありがとうございます」と。
(しかし、どうしてこの日本では、ああいうオバちゃんたちの話し声だけは、野放しになっているのか?
携帯電話にはうるさい。
しかしオバちゃんたちは、野放し。
おかしい。
日本だけではない。
ああいう日本人が、世界中へ出かけていき、日本人の恥をさらしている!)
なお運転手とガイドは、たいへん質が高かった。
「ゆとりの〜〜」ということで、選りすぐられた人たちなのだろう。
ともに理知的で、気持ちのよい人たちだった。
それだけに、今回の旅行は、残念!
「バスの中で読書……」と考えていたが、その余裕は、最後までできなかった。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 城の崎にて 城之崎 城崎 志賀直哉 暗夜行路)
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●「ぼくは生活保護受けるから、かまへん」(堺屋太一・「週刊現代」2011年9・3)
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雑誌「週刊現代」に、こんな興味ある記事が載っていた。
堺屋太一氏が、対談形式の記事の中で述べている。
『……いまや大阪市では、18人に1人が生活保護を
受けていて、大阪府の教育水準は、全国47都道府県の
中でも、45番目。
なにしろ、中学生で一桁のかけ算、つまり九九ができない
子どもが1割もいるんですね。
そういう子どもに先生が、「しっかり勉強しないと、
おとなになって困るぞ」と言うと、「ぼくは生活保護
受けるからかまへん」と答えるというんです」(P62)と。
堺屋太一氏は、これをさして「倫理的崩壊」という言葉を
使っている。
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●遊びほける中国人留学生(ヤフー・NEWS)
一方、こんな記事も目にとまった(2011年8月20日)。
題して「ある在米中国人留学生、送金に苦労の親を尻目に、浪費し遊び回る」。
毎日新聞が、米華字紙より翻訳したものらしい。
++++++++++++以下、ヤフー・NEWSより転載+++++++++++++
2011年7月22日、米華字紙・僑報によると、米国へ留学している若い中国人学生の中には、勉強にまったく身を入れず、親からもらった生活費で毎日遊びほうけているケースもある。
ロサンゼルスに住むある華人女性の家には、上海から留学のため渡米してきた甥っ子が住んでいるが、一学期が過ぎても成績は低迷したまま。毎月親が銀行に振り込んでくれている4000元(約5万円)の生活費は外食やブランド品、iPhoneなどショッピングですべて遊びに使い果たし、さらにクレジットカードも限度額まで使ってしまっているという。
両親は商売をしているが順調ではなく、大変な思いをして子どもの学費や生活費を工面しているにもかかわらず、「僕がLAに来たくて来たと思っているの? LAなんて田舎くさくて大したことないじゃないか。上海の方がずっと良い」「両親がむりやり留学させたんだから、お金がかかるのも苦労するのも両親が自分で選んだことでしょう」と、とりつくしまもない状態だという。(翻訳・編集/岡田)
++++++++++++以下、ヤフー・NEWSより転載+++++++++++++
●日本の現状
中学1年生で、かけ算の九九ができないという話は、すでに20年近くも前の話である(東京都)。
ここで誤解していけないのは、かけ算の九九といっても、レベルがある。
「ニイチガ2、ニニンガ4……」と暗記するレベル。……レベル1
これなら幼稚園児にもできる。
つづいてランダムに、「シサン?」と聞かれて、即座に、「12」と答えるレベル。……レベル2
もちろんその意味(4+4+4=4x3)がわかっていての話である。
20年前でさえ、レベル1はできるが、レベル2ができない。
そんな中学1年生で、20%近くもいた(東京都)。
堺屋太一氏の話によれば、「中学生で一桁のかけ算、つまり九九ができない子どもが1割もいるんですね」ということらしい。
こうした子どもたちが、大学生になっていく。
●2008年7月の原稿より
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2008年7月に、つぎのような
原稿を書いた。
この中で、『今では分数の足し算、
引き算ができない大学生など、珍しくも何ともない。
「小学生レベルの問題で、正解率は59%」
(国立文系大学院生について調査、京都大学西村和雄氏)」
(※2)だそうだ』というところに注目してほしい。
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●公務員志望
この数年、大卒の就職先人気業種のナンバーワンが、公務員だ。
なぜそうなのかというところにメスを入れないかぎり、教育改革など、いくらやってもムダ。
ああ、私だって、この年齢になってはじめてわかったが、公務員になっておけばよかった!
死ぬまで就職先と、年金が保証されている! ……と、そういう不公平を、日本の親たちはいやというほど、思い知らされている。
だから子どもの受験に狂奔する。だから教育改革はいつも失敗する。
もう一部の、ほんの一部の、中央官僚が、自分たちの権限と管轄にしがみつき、日本を支配する時代は終わった。
教育改革どころか、経済改革も外交も、さらに農政も厚生も、すべてボロボロ。
何かをすればするほど、自ら墓穴を掘っていく。
その教育改革にしても、ドイツやカナダ、さらにはアメリカのように自由化すればよい。
学校は自由選択制の単位制度にして、午後はクラブ制にすればよい(ドイツ)。学校も、地方自治体にカリキュラム、指導方針など任せればよい(アメリカ)。
設立も設立条件も自由にすればよい(アメリカ)。
いくらでも見習うべき見本はあるではないか!
今、欧米先進国で、国家による教科書の検定制度をもうけている国は、日本だけ。
オーストラリアにも検定制度はあるが、州政府の委託を受けた民間団体が、その検定をしている。
しかし検定範囲は、露骨な性描写と暴力的表現のみ。歴史については、いっさい、検定してはいけないしくみになっている。
世界の教育は、完全に自由化の流れの中で進んでいる。
たとえばアメリカでは、大学入学後の学部、学科の変更は自由。まったく自由。
大学の転籍すら自由。
まったく自由。
学科はもちろんのこと、学部のスクラップアンドビュルド(創設と廃止)は、日常茶飯事。
なのになぜ日本の文部科学省は、そうした自由化には背を向け、自由化をかくも恐れるのか?
あるいは自分たちの管轄と権限が縮小されることが、そんなにもこわいのか?
改革をするたびに、あちこちにほころびができる。そこでまた新たな改革を試みる。「改革」というよりも、「ほころびを縫うための自転車操業」というにふさわしい。
もうすでに日本の教育はにっちもさっちもいかないところにきている。
このままいけば、あと一〇年を待たずして、その教育レベルは、アジアでも最低になる。
あるいはそれ以前にでも、最低になる。小中学校や高校の話ではない。
大学教育が、だ。
皮肉なことに、国公立大学でも、理科系の学生はともかくも、文科系の学生は、ほとんど勉強などしていない。
していないことは、もしあなたが大学を出ているなら、一番よく知っている。
その文科系の学生の中でも、もっとも派手に遊びほけているのが、経済学部系の学生と、教育学部系の学生である。
このことも、もしあなたが大学を出ているなら、一番よく知っている。
いわんや私立大学の学生をや! そういう学生が、小中学校で補習授業とは!
日本では大学生のアルバイトは、ごく日常的な光景だが、それを見たアメリカの大学生はこう言った。
「ぼくたちには考えられない」と。大学制度そのものも、日本の場合、疲弊している!
何だかんだといっても、「受験」が、かろうじて日本の教育を支えている。
もしこの日本から受験制度が消えたら、進学塾はもちろんのこと、学校教育そのものも崩壊する。
確かに一部の学生は猛烈に勉強する。しかしそれはあくまでも「一部」。内閣府の調査でも、「教育は悪い方向に向かっている」と答えた人は、二六%もいる(二〇〇〇年)。
九八年の調査よりも八%もふえた。むべなるかな、である。
もう補習をするとかしなとかいうレベルの話ではない。
日本の教育改革は、三〇年は遅れた。
しかも今、改革(?)しても、その結果が出るのは、さらに二〇年後。
そのころ世界はどこまで進んでいることやら!
日本の文部科学省は、いまだに大本営発表よろしく、「日本の教育レベルはそれほど低くはない」(※1)と言っているが、そういう話は鵜呑みにしないほうがよい。
今では分数の足し算、引き算ができない大学生など、珍しくも何ともない。
「小学生レベルの問題で、正解率は五九%」(国立文系大学院生について調査、京都大学西村和雄氏)(※2)だそうだ。
あるいはこんなショッキングな報告もある。
世界的な標準にもなっている、TOEFL(国際英語検定試験)で、日本人の成績は、一六五か国中、一五〇位(九九年)。
アジアで日本より成績が悪い国は、モンゴルぐらい。
北朝鮮とブービーを争うレベル」(週刊新潮)だそうだ。
オーストラリアあたりでも、どの大学にも、ノーベル賞受賞者がゴロゴロしている。
しかし日本には数えるほどしかいない。
あの天下の東大には、一人もいない。ちなみにアメリカだけでも、二五〇人もの受賞者がいる。ヨーロッパ全体では、もっと多い(田丸謙二氏指摘・2008年当時)。
●「うちの子にかぎって……」は、幻想
ほとんどの親は、こう考える。
「うちの子にかぎって……」と。
しかしこれは幻想。
まったくの幻想。
子どもというのは、言うなれば、吸湿性の強い吸い取り紙。
社会という「色水」の中に落とされれば、そのままその「色」を吸収していく。
社会の色が「茶色」なのに、自分の子どもだけを「水色」にしようとしても、無駄。
子どもというのは、子どものどうしの影響力のほうを、はるかに強く受ける。
加えてほとんどの中高校生は、「親のようになりたくない」と答えている(内閣府調査)。
今では、『親の恩も遺産次第』。
ほとんどの若者たちは、そう考えている。
が、不思議なことに、こう書くと、若者たちは、猛烈に反発する。
「私は、ちがう!」と。
つまり、ここに意識のズレが、起こる。
●親への仕送り
60代、70代の人たちにとって、親への仕送りは、当然だった。
昨日も旅行先で知り合ったKGさん(女性、69歳)は、こう言った。
「私の初任給は3000円でした。うち、1000円を、毎月実家へ送りました」と。
私もそうしていた。
結婚前から、収入の約50%を実家へ送っていた。
またそれが当時の常識だった。
が、今は、ちがう。
「就職したら返す」「給料があがったら返す」と言いながら、結婚したとたん、「生活費が足りない!」と。
そういう若者が、猛烈に反発する。
実家へ帰省しても、みやげのひとつすらもってこない。
基本的な部分で、意識そのものがズレている。
●大学生とは名ばかり
私立の女子大学を卒業した女性(27歳)がいた。
英文科を卒業したという。
で、試しにこう聞いてみた。
「SVOOの構文を、SVOの構文になおすには、どうしたらいいの?」と。
それに答えて、その女性は、こう答えた。
「何、それ?」と。
少し勉強家の中学生なら知っていることでも、大学の英文科を出た社会人が知らない。
もっとも今では、大学の英文科といっても、名ばかり。
高校生が使うより簡単なテキストを使い、あとは遊びほけている。
●日本の現状
いったい、政治家にせよ、一般社会にせよ、それに親たちにせよ、こういう現実を、どこまで知っているのか?
教育は、もうボロボロ!
倫理観そのものが、崩壊している!
で、堺屋太一氏の話は例外であると信じたいが、ひとつ気になることがある。
『18人に1人が生活保護を受けている』という部分。
18世帯に1世帯という意味なのか。
それとも18人に1人という意味なのか。
もし「18人に1人」ということになると、夫婦+子ども合わせての4人家族とするなら、「4世帯で1世帯」という計算になってしまう。
本当だろうか?
そこで調べてみると、「生活保護率」は、大阪府のばあい、25・7(1/1000)(2007年度)ということがわかった(総務省統計局)。
これを100分率荷換算すると、2・57%ということになる。
注に「 都道府県別の生活保護率(ここでは世帯の比率でなく、保護人員の人口千人当たりの比率)を図示した」とあるから、世帯率ではなく、1000人当たりの比率ということになる。
2・57%といえば、100人につき、約3人。
逆に言えば、「33人に1人」となる。
が、現在、さらに不況の嵐ははげしくなっている。
やはり堺屋太一氏が指摘するように、「18人に1人」というのは、そのまま「18人に1人」ということになるのか。
もしそれぞれに家族がいるなら、「18世帯に1世帯」となる。
(もちろん家族がいない人も多いが……。)
どうであるにせよ、今、この日本は、ここまで貧しくなっている!
●落ちるところまで落ちる
折しも、日本は大不況下。
大恐慌はすでに始まった。
この先、この日本は、お先真っ暗。
やがて日本人が、外国へ出稼ぎに行かねばならなくなる。
10年どころか、5年を待たずして、そうなる。
推測ではない。
数字の上で、そうならざるをえない運命にある。
そうなったとき、今の若者たちは、どうするのだろう。
それでも親のスネをかじりつづけるつもりなのだろうか。
「こんなオレにしたのは、テメエだろう!」と。
あるいは「こんな日本にしたのは、テメエだろう!」と言うかもしれない。
先に書いたKGさんもこう言った。
横に夫がいて、その夫もこう言った。
「日本も落ちるところまで、一度、落ちるしかないでしょうね」と。
実のところ、私自身も、そう考え始めている。
落ちるところまで落ち、自分で気がつくしかない、と。
とても悲観的な見方だが、それが今の教育の現状ということになる。
(※1)
国際教育到達度評価学会(IEA、本部オランダ・一九九九年)の調査によると、日本の中学生の学力は、数学については、シンガポール、韓国、台湾、香港についで、第五位。以下、オーストラリア、マレーシア、アメリカ、イギリスと続くそうだ。理科については、台湾、シンガポールに次いで第三位。以下韓国、オーストラリア、イギリス、香港、アメリカ、マレーシア、と。
この結果をみて、文部科学省の徳久治彦中学校課長は、「順位はさがったが、(日本の教育は)引き続き国際的にみてトップクラスを維持していると言える」(中日新聞)とコメントを寄せている。東京大学大学院教授の苅谷剛彦氏が、「今の改革でだいじょうぶというメッセージを与えるのは問題が残る」と述べていることとは、対照的である。
ちなみに、「数学が好き」と答えた割合は、日本の中学生が最低(四八%)。「理科が好き」と答えた割合は、韓国についでビリ二であった(韓国五二%、日本五五%)。学校の外で勉強する学外学習も、韓国に次いでビリ二。一方、その分、前回(九五年)と比べて、テレビやビデオを見る時間が、二・六時間から三・一時間にふえている。
で、実際にはどうなのか。東京理科大学理学部の澤田利夫教授が、興味ある調査結果を公表している。教授が調べた「学力調査の問題例と正答率」によると、つぎのような結果だそうだ。
この二〇年間(一九八二年から二〇〇〇年)だけで、簡単な分数の足し算の正解率は、小学六年生で、八〇・八%から、六一・七%に低下。分数の割り算は、九〇・七%から六六・五%に低下。小数の掛け算は、七七・二%から七〇・二%に低下。たしざんと掛け算の混合計算は、三八・三%から三二・八%に低下。全体として、六八・九%から五七・五%に低下している(同じ問題で調査)、と。
いろいろ弁解がましい意見や、文部科学省を擁護した意見、あるいは文部科学省を批判した意見などが交錯しているが、日本の子どもたちの学力が低下していることは、もう疑いようがない。同じ澤田教授の調査だが、小学六年生についてみると、「算数が嫌い」と答えた子どもが、二〇〇〇年度に三〇%を超えた(一九七七年は一三%前後)。
反対に「算数が好き」と答えた子どもは、年々低下し、二〇〇〇年度には三五%弱しかいない。原因はいろいろあるのだろうが、「日本の教育がこのままでいい」とは、だれも考えていない。少なくとも、「(日本の教育が)国際的にみてトップクラスを維持していると言える」というのは、もはや幻想でしかない。
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(※2)
京都大学経済研究所の西村和雄教授(経済計画学)の調査によれば、次のようであったという。
調査は一九九九年と二〇〇〇年の四月に実施。トップレベルの国立五大学で経済学などを研究する大学院生約一三〇人に、中学、高校レベルの問題を解かせた。結果、二五点満点で平均は、一六・八五点。同じ問題を、学部の学生にも解かせたが、ある国立大学の文学部一年生で、二二・九四点。多くの大学の学部生が、大学院生より好成績をとったという。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 学力 日本の子どもの学力 子供の学力 英語力 (はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 教育の自由化 ゆとり教育 ゆとり教育の弊害 逆行する日本の教育 自信をなくす日本の若者たち 生活保護 はやし浩司 生活保護世帯 はやし浩司 分数の計算 かけ算の九九 掛け算の九九 学力低下 日本の現状)2011/08/21記
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